令和を代表する若手経営者である「ゆとりくん」こと片石貴展さんに、
広告の可能性やクリエイティビティの活かし方、改善点についてインタビュー。
経営者と生活者、両方の面からみる、
現在の広告の見え方や立ち位置とは?
「現象」をつくるリアルな広告
今の広告をどう見ていますか?yutoriでの広告の使い方も含め、教えてください。
yutoriでは、インスタのリール広告などSNS広告が多いです。
でも、会社の規模が大きくなっているので、もっと最大化したい。今の会社にはリアリティをもって「このカットの見せ方だったら、若い人が取り込める」のような視点はあるのですが、80年代の広告のような老若男女を取り込んで「現象になるような広告」をもっと探りたいなと思っています。
僕らはオンラインのイメージを強く持たれていると思いますが、店舗を原宿や東名阪を中心にここ2、3年で結構出していて、街頭の広告とうまく組み合わせることで、体験型の広告をやってみたいなと思います。もはや、それは広告という感覚でもないと思いますけど。
「現象になるような広告」について具体的に教えてください。
本当に80年代の広告のような、キャッチコピーとワンビジュアルで「なんだかよくわからないけど、ワクワクする」みたいなものですね。AIが出てきて合理や論理は複製可能になったので、感情とか温度とか、「うまく説明できないけど、なぜかこう思ってしまう」といったように、心を動かせるものがもっと価値をおびると思います。
自分たちのお客さんの動向を見ても、コロナの反動でオフラインで何かを買いたいという思いはかなり強いので、リアルな熱狂や体温みたいな、そういうものを求めているのかなとは思いますね。
リアルへの欲求が高まっているんですね。
ブランド側の人間としても、自分のブランドが街にバーン!と出ている時とか、誇らしさみたいなものがある。ウェブはみんな見慣れていると思っていて、街に出たときに「あ、認められているんだ」みたいな感覚になってもらえそうだなと思います。メジャーデビューのような。昔だったら街で見る広告はベーシックだったけど、いまはそれがベーシックじゃない、ウェブが主戦場だからこそ、そういうところに面白さがあるのかなという気がします。別に街頭広告を出したいという気持ちが明確にあるわけではないけれど、若い自分の会社の人たちが、「リアルでなにかやっているやつが超かっこいい」という感覚が強くて。例えばお店を出した時も、もしかしたらその地区で、yutoriの広告を出して、「ここも、ここも、ここも!実はyutoriがやっていた」みたいな、「なに、この秘密結社みたいな会社」というのは面白いし、誇らしい感覚にもなれますよね。

勇気と本音でできた「温度」を、技術で通す。
現象になる広告をつくるために、どんなことが大切なのでしょうか?
「勇気」と「本音」じゃないですかね(笑)
広告をつくっていくプロセスの中で、関わる会社や関係者が多かったときに、説明しやすい言葉で進行していくものだと思うのですが、その中で失われていく「温度」みたいなものはあるのかなと思っていて。yutoriでつくっているものはすべて、感覚的なコミュニケーションをもとに作っています。「これかっこいい!」「これめっちゃかわいい!」ってなったときに、それがなぜなのか?を説明した途端に、温度がなくなってしまう、みたいなことだと思います。もう言葉とかいらないのかも。もう音、「うぇーい!」みたいな、そういうのでいいのかも。
「温度」を失わないためにはどうすればいいのでしょうか?
自分なりの「温度を通す技術」みたいなのを個人がどう磨いていくことが大切だと思います。立場背景が違う人に、自分の温度をそのまま伝えても、辟易とされちゃうし、うまく仕立てあげる必要がある。でも多分それは、ものすごく「技術」が必要。温度をそのまま伝えるだけでは、あまりに幼稚だから、その両方が必要。温度と技術。ものすごく難しいことを言っていると思いますけど、難しいことに価値があるはず。そういうものを見て、新しい道を切り開いてくだされば、僕らとしても、新しいチャレンジがたくさんできるようになっていく。
ゆとりくんが好きなCMは?
「細マッチョ」のやつかな。新しい価値観を呈示しつつ、ユーモアもあるし、単純にかっこいいし。それってすごいことですよね。草食系ではなく、細マッチョかっこいい!となったあの感じがとてもよかった。あれだって、商品名を連呼することだってできたはず。でもあえてこう、太マッチョ・細マッチョでいこう!と決めたわけで、勇気ある、カマしていた!「細マッチョ」も現象になりましたもんね。

クリエイティビティは、「人間臭さ」
広告に限らず、クリエイティビティとはなにかを一言で表すと?
「人間臭さ」みたいなものかなと。人間らしさではなく、臭さ。その自分にしかないオリジナリティから生まれるものが、クリエイティブだと思っていて、自分らしさという言葉にすると、すごく綺麗にパッケージングされてしまう。自分の唯一無二のところなんてないよと思いがちですが、臭いところはみんな持っていて。そういう臭い部分が芸術に衝突したときに、クリエイティブになる感覚があります。それはコンプレックスもそうかもしれないし、後ろめたいところかもしれないし、情けないところかもしれない。ただそういう人間臭い部分から起点は始まっているけど、すごくパブリックなものになっている、というこの距離感があればあるほど、クリエイティブだし、僕はすごいなと思いますね。
今の広告業界の人、特に若い人に必要だと思うことは?
ぶちかましてほしいです。僕らのようなブランドサイドから見えるビューと、なにかを伝えていく人からみたビューは違う気がしていて、大きな予算を若い子が使って、偏愛とか熱狂を発散させたときに、どういう現象が起こるのかを見せてよ、と思いますね。それが先ほど話した温度や塊みたいなものだけど。
一見すると相反するものを混ぜたときに、価値が生まれると思います。「上場企業」というものと「yutori」というものが超相反しているものなので。相反するものを混ぜると、またオリジナリティが生まれて、オリジナリティが生まれると、また賛否両論が生まれて、だから2つがくっついて、分裂して、またこれがくっついて、これがタオです、タオの道です(笑)文脈を更新していくということがとても大切。
クリエイティブ産業には、カウンター的な思考が必要ということなのでしょうか?
そうですね。ファッションはやっぱりカウンターカルチャーなので。太いのが流行れば、細いのが流行るし。集団が一緒にカウンターすると超現象になる。そうなると、こっち側も作りやすい。けど、それが多様化していて、それぞれのカウンターを見つけて、アート・ファッションにしないといけないのが大変ですよね。大変だけど、大変なことに備えていきたい。
いまはインスタントな熱狂が消費されることが多いですよね。
その中で、太い熱狂をつくるためには?
めちゃくちゃ難しいと思いますね。やっぱりスマホがすでに普及している側面は強いと思います。10年前と大きく時代が変わった感覚はなくて、逆に、95年と05年はすごい変化があったと思っていて。15年から25年はそれが便利すぎて、それが普及しきった10年という感覚。なんかもっと大きな熱狂、社会の変化があるといいのにと思います。
スティーブ・ジョブズが人類を前進させたじゃないですか。だから、僕は人類を前進させたいという感覚はなくて、ただ自分の中にある文脈を、新しい文脈をつくって、文脈を更新したい。もうちょっと地続きの感覚で。人類を前進させることはディスラプト的な思想だけど、イノベーションはそれとは対照的で一緒に一瞬であるものな感覚。破壊と再生みたいな。それができたり、でてくるようになったりしたらもっとおもしろくなる。
折れたら、実家帰って、鍋食べて、親に褒めてもらおう。
少し話は変わるのですが、若い人が社会に出て、入社した時のパッションや熱量を持ち続けるためにはなにが必要なのでしょうか?
毎週実家に帰ったほうがいいですね(笑)
実家帰って、鍋食べて、親に褒めてもらう、終わりです(笑)
僕は「社会におけるやれてなさ」に病んだときは、やれていない自分が自分を慰めても、慰め切らないので、自分のことが大好きな人に、慰めてもらえれば自分ができるような気持ちになれる。yutoriを創業したときも、僕は、M&Aするとか、上場するとか思っていなかった。でも、自分より先に自分に高い期待値を示してくれた人がいっぱいいる。自分が自分でそこまで信じられなくても、自分が好きな人が自分を信じてくれているなら、結果的に自分で自分のことを信じないと、と思える。真の自由さ、安定とは、依存先がたくさんあることだと僕は思っているので。ハートフルなつながりがあって、勇気のある隣人が多いなと思っています。
yutoriくんが考える、広告の力とは?
広告とは、熱風、かな。
現象を起こすパワーもあるし、増幅していく、温度をすごく大規模に広げていける。
よし、yutoriくんっぽいかも(笑)

編集後記
インタビューの中で登場した「温度」や「熱」といった言葉がずっと自分の中に残っています。yutoriさんが言っていた「なんだかよくわからないけど、ワクワクする」という感情を抱かせて、人の認識や行動、ひいては当たり前を更新していくことが、広告の役割なのだとしたら、そういう類のものは、論理や数字の積み上げの中では決して生まれない、説明に逃げてはいけない、論理に逃げてはいけない、そう強く思わせていただいたインタビューでした。
東急エージェンシー
ソリューション推進本部 ストラテジーデザイン局 第1ストラテジーデザイン部
松本 秀馬







