インタビュー

 

日本広告業協会では、2022年に会員社を対象に「DE&Iに関するアンケート調査」を実施し、2023年4月にリリースを発行いたしました。リリースには、DE&I領域に深い知見をお持ちの3名より、アンケート結果を見た感想/なぜ今DE&Iに取り組まなければいけないのか/広告業界に対する課題提起や期待などを伺い、インタビュー記事として掲載しています。
ここでは、インタビューロングver.としてお届けいたします。

キャシー松井 氏

MPower Partners Fund L.P. ゼネラル・パートナー

ゴールドマン・サックス証券会社、元日本副会⻑およびチーフ日本株ストラテジスト。1999年に提唱した「ウーマノミクス」の概念はその後広く世界に浸透し、日本政府も女性活躍推進を経済成⻑戦略として打ち上げるに至った。多様性、コーポレートガバナンスと持続可能性を経済合理性の観点から分析し、多くの企業や投資家に影響を与えている。2020年に『女性社員の育て方、教えます』を出版。ハーバード大学、ジョンズホプキンズ大学院卒。

───アンケート結果の感想からお聞かせいただけますか。

全体的には他業界と似たような状況だと感じました。トップの意識はある程度高いけれど、実態には改善の余地がある。トップの方々の意識や発言も大事ですが、実際にどのような取り組みをしているかがもっと重要です。

会社の資源は人材ですが、広告業界は特にそう言えるでしょう。今は人材獲得戦争ともいえる時代。どうしたら多様な人材に入ってきてもらい長く働いてもらえるかという視点が大事だということを認識する必要があります。その会社のマジョリティや主流派の人達と異なるバックグラウンドを持つ人が、自由で心地よく居られる、発言できる企業風土になっているかということを注視することです。

大事なのはトップの意識と実際の取り組み

 

───実際の取り組みに向けて意識すべき点や具体的なアクションにはどのようなものが挙げられますか。

私自身の経験からいうと、まず可視化です。たとえば女性管理職が少ないという状態であれば、退職した女性人材に「なぜ退職したのか」と聞いてみると何か共通の理由が見えてくるかもしれません。どの業界のマネジメント層に言えることですが、ともすると「個人的な理由でしょ。」と結論づけてしまいがちです。そうではなくて、ヒアリングを行い理由を可視化する。更にそこからゴールを設定する。ゴールを設定することで、マネジメント層に対するアカウンタビリティにもなるので健全的です。

それから、女性登用という課題は女性だけで変えていけるものでは当然ありません。特に男性が多い業界の場合、決定権を持つ男性社員を巻き込むことがものすごく大事です。

人事部門やプロジェクトなど会社の一部が取り組むものという意識では結局何も変わりません。コアなビジネスに組み込むことによってメリットを感じられるというのが私の実感です。そうでないと色々な取り組みが進展しづらいし、他のことが優先されてしまう。

多様性の担保を倫理観から捉えようとすると響かない人もいますが、多様性は経済合理性に基づきビジネスチャンス、リスク管理、パフォーマンス向上につながることにはエビデンスもあります。エビデンスを伝え、メリットを感じてもらい、真から納得するよう説明していくことも一つです。

一方で申し上げたいのは、企業にDE&Iを浸透させるのは23年で出来るものではないということです。マラソンと同じように長期的に取り組む意識が必要です。それと、企業には一社ごとに個々のカルチャーがあります。自社に合ったDE&Iの取り組みを、小さくても一歩一歩進めていく。小さな成功を重ねていく方法で良いと思います。大切なのは、意識や発信に留まらず、実際に取り組んでいくことですから。

DE&Iはコアなビジネスに組み込んでこそメリットがある
自社に合った取り組みを小さくても進めていく

 

 

───投資家、株主、社会がステークホルダーとして重要になってきている時に、非財務といわれるDE&Iに対する彼らの評価はどう変わってきているのでしょうか。

ESGのフレームワークの一つとしてDE&Iを捉えている企業は多いです。DE&Iの切り口は様々ありますが、恐らく資本市場や投資家が注目しているのは企業統治及びガバナンスの姿。どのくらい女性管理職、役員がいるか、数字だけでなく考え方や企業風土はどうなっているのか、改善の必要があるならどう変えていくかが問われる時代になってきている。企業は点数をつけられて横並びで比較される。ある意味で健全なコンペティションとも言えると思います。

 

───キャシーさんから見て今の広告業界はどのように映っていますか。

広告は、社会に対する責任がとても大きいと思います。今の日本の広告業界は、個人的な感覚ですがアメリカやヨーロッパと比べると20年前くらいの価値観が少し残っているような気がしていて、アップデートする必要がありますね。広告の影響力をえた際に一番懸念するのは、若い人達のことです。20年前の空気がただよう広告を見てどう感じるのかということです。影響力がとても高いので、業界や個社が今の時代広告はどうあるべきなのか、どういう表現であるべきなのかという点を是非考えていただきたいと思います。

先程、広告業界の資源は人材というお話もしましたが、皆さんの業界が今後更に成長し、市場として大きくなるために何が必要ですか?イノベーション、クリエイティビティですよね。この二つはもちろん他業界にも言えることですが、広告業界にとってはこれらが無くては会社として生き残れないくらいコアなものだと思います。ただ残念ながら、これらは同質性の高い企業からは絶対生まれません。

ジェンダー平等や国籍などの面でもまだまだ進んでいないと感じる広告業界ですが、たとえば女性、LGBTQ、外国籍の人達の意見を取り入れることでもっと面白い、イノベーティブなアウトプットにつながるでしょうし、皆さんの業界のクリエイティビティがもっと多彩になり、結果的にビジネスにも結びついていくでしょう。

若い世代含め、様々なバックグラウンドを持つ人達を採用し、維持するという点では社内の制度を見直すことも必要です。採用方法、評価システム、昇進制度など、従来と同じやり方では前述した人達からすると居心地が悪そうで入社検討にまで至らない可能性があります。結果、ワンパターンな社員しか集まらず、イノベーションが起きない。広告という、世間に影響力のあるものに携わっている皆さんには、DE&Iを業界として推進し、社会に良いインパクトを与えていってほしいと思います。