広告×LGBTQ+の未来を考える 第2回
「メディア企業におけるLGBTQ+インクルージョンの先進的取り組み」レポート

 

JAAA DE&I委員会主催による「広告×LGBTQ+の未来を考える」第2回勉強会を、614Zoomにて開催しました。第1回につづきJAAA会員社より多くの参加を得て行われた今回は、Netflixの竹田珠恵さんより、同社のLGBTQ+インクルージョンの先進的取り組みについてお話いただきました。

Netflixは、映画・シリーズ作品から、職場風土に至るまで、実に様々な領域において多様性に取り組まれており、インクルージョン&ダイバーシティを実践する先駆企業としても注目が高まっています。

参加者からはたくさんの質問も寄せられ、竹田さんのお話に対する皆さまの関心の高さが表れていました。ここに、内容のレポートをお届けいたします。

司会は、DE&I委員会委員の狗飼豊さん(博報堂)です。

「皆さま、本日はどうぞよろしくお願いいたします。竹田珠恵と申します。私は今日、ピンクのシャツを着て髪を一つに結んでピアスをつけています。私の代名詞はShe/Herです。」という印象的な自己紹介から始まった勉強会。

「障害のある方がいらっしゃる場合に、自分はどういう風に見えるか見た目の説明を、そしてLGBTQの観点から、自己認識(She)と相手からどういう風に見てもらいたいか(Her)を伝える代名詞をお伝えしました。弊社の会議では、自分の代名詞をまず言うルールになっています」と語る竹田さん。「自己認識を伝え、どのように見てもらいたいかを踏まえた上で会話していくことは、お互いをリスペクトする上で大事」と話す様子から、Netflixが個々の違いと個性を尊重する企業風土であることを感じます。

年間1,000本もの日本の作品を、海外の方たちも視聴できるよう30言語以上の字幕をつくり、吹き替え版を製作し、あらすじを書き、作品のレーティングを設定するなど、国内作品がNetflix上で視聴できるよう準備して届けるまでの工程を管理している部署のDirectorをつとめる竹田さんは、「弊社は各部門のDirectorInclusion & Diversity(以下、I&D)について責任をもって推進していく体制になっています」と話します。

誰か担当が社内のI&Dを進めるのではなく、会社として推進する姿勢がみられる同社の体制。I&Dは社内でどのように捉えられているのでしょうか。

ミッションとI&Dの関わり

同社のミッションは“To entertain the world”―世界中の人たちにコンテンツを通じて楽しんでほしいという思いが込められています。このミッションを達成するために、Netflixの社員が持っている一つの信条があると竹田さんはいいます。「“素晴らしいストーリーは、世界中のどこからでも生まれ、どこで生まれようと世界中でみられる。” 1020年くらい前は、ある特定の地域の映画が世界的にヒットする傾向がありましたが、“それぞれの人・地域を尊重して、それぞれが自然のままにストーリーを語ってもらうこと、それによって世界中を楽しませることが出来る”という考え方を社員みんなで共有していて、そこにはI&Dの意識が不可欠です。I&Dが自社のミッション、ひいては会社の発展と密接に紐づいて捉えられていて、I&Dの重要性が社員みんなの中に腹落ちしているというか、日々の仕事の中に生きている状況です」と説明しました。

コンテンツを通したI&Dの実現

つづいて、NetflixI&Dにまつわる具体的な取り組みについて紹介がありました。

●プロダクトにおけるInclusion推進

まず挙げられたのは、Inclusionコンテンツをまとめた特集ページの作成。プライド月間であれば、LGBTQを描いているコンテンツを集めて紹介したり、特集ページ以外でもスクリーンに蘇る真の女性たち高い評価を得たLGBTQ映画・TV”という枠でコレクション(※Netflixを開くと一押し作品が表示される大きな枠の下に、ジャンルに分かれて様々な作品が紹介される部分のこと)を作成されています。

また、バリアフリーへの対応にも強く取り組んでおり、通常の字幕のほか、聴覚障害者および難聴者向け字幕(SDH: Subtitles for the Deaf & hard of hearing)や視覚障害者向け字幕(AD: Audio Description)の付与も行い、更に各国の第一言語の作品に対しSDHADがどのくらいの割合で付与されているかの確認も怠らないとのことです。

●クリエイティブ表現におけるInclusion推進

Netflixでは、過去の視聴履歴に基づいて作品が全てパーソナライズされて表示されるため、一つの作品に対しいくつもの表示画像(アートワーク)が製作されるとのことですが、“この表現は偏見が助長されないか、ステレオタイプが強調されないか”といった点について、社内で勉強会などを開きながら密に確認が行われています。

アートワークのほか、あらすじについてもInclusionの視点に非常に留意し、たとえば作中の人物について説明する際に障害があることの記述は本当に必要か、といった議論を皆で丁寧に進めているとのことです。

「センシティブな領域でもあるので、こういう表記・表現は差別的ではないかという指摘も起こる難しい世の中であるとも思うのですが、私たちが議論をする中で指針としているのが“I&Dをベースにミッションを達成していく”という共通認識で、本当に必要ならば恐れずに言及することが必要だという考えを持っています。もちろん“本当にこの表現は必要なのか”と考え尽くすことがまずあって、その上で言うべきこと、言わないべきことを皆で深く議論をしながら決めています」と述べる竹田さん。

多くのコンテンツを取り扱い、様々なバックグラウンドの社員が所属する同社なので、Inclusion表記に関してガイドラインのようなものがあるのかと思いきや、「ありません。Inclusionは議論をして理解を深める必要があるし、また本当に差別されてる側の人たちのことは実際に聞かないと分からない部分が多くあると思っています。ガイドラインに沿ってこれはダメという線を引いて画一的に判断することはしていません」といいます。

社内におけるI&D推進のための観点

最後に、社内の取り組みについて話が移り、3つのポイントが挙げられました。

●集団思考の打破(Breaking up groupthink

I&DのD(Diversity)に依る視点として、似たような人が集まると似たような考え方になってしまので、それを打破するためにDiversityがとても大事なものと位置づけられています。Diversityを考える際に、性別やLGBTQはデフォルトになりつつあり、バックグラウンド、言語、性格、障害、見た目といったことまで含まれます。

●追加になる雇用(Additive hiring

集団思考の打破のためのDiversityは雇用にもつながる話です。Netflixでは雇用ポリシーとしてAdditive hiringという概念が大切にされています。たとえばチームに欠員が出てメンバーを増やすという際に、集団思考を打破できるような体制、打破できるような採用につながるかということを人事から確認されるといいます。更には社内リーダー間で、採用決定の経緯が共有されるとのこと。

“世界中を楽しませる”ミッションの達成のためには、自ら集団思考を打破し、自分たちがイノベーションを起こしていくのだという強い責任と意識が根底にあると感じます。

●アライシップ(Allyship

採用が行われて一緒に働くとなった段階で大切になるのが、“どうやったら多様性を持った人たちが多様性を発揮できるか?”というInclusionにつながる視点です。リーダーはその責任としてアライシップ(長年にわたって社会から差別・抑圧・疎外されてきた人(または人々)に対する支援)が強く求められるといいます。アライシップ実現のためにNetflix社内で言われているのが、無意識のバイアスを認識すること、そして自分の特権は何かを確認すること(特権とは、たとえばアメリカで“男性・白人”は特権として認識される)。ただし特権は罪ではなく、自分はこういう特権を持っていると認識した上で、そうではない人をサポートする責任を自覚し、どうサポートするか考え実践することが重要と捉えられています。

竹田さんは、「特権を持っている人は “サポートする”という考え方が大切だと思っています。サポートの例を挙げると、英語の会議で英語を母国語としない人がいた場合に、発言の機会を振るとか、日本語ネイティブではない人がいる際には四字熟語やことわざは使用しない、といったことです。自分の特権は何かということをチームで話し合ったり、私はこういう特権があると思っているのでサポートさせてほしい、といったオープンな会話をするような組織風土が、弊社には備わっていると思います」と力を込めて語り、講演を締めくくりました。

参加者からの質問にも丁寧に回答をしてくれた竹田さん。「コンテンツを作り配信するNetflix様と広告会社では立ち位置が少し違うと思いますが、広告会社に対してI&D促進のためのアドバイスがあればお願いします」との質問には、「いま、人々の価値観は多様化しその多様性を尊重する社会になってきています。多様な人に多様な届け方をするとか、ターゲットとなる人たちのことをきちんと理解するということは、コンテンツ作りも広告作りも一緒だと思います。本当に心に伝わる広告を作るためには、これまで以上にI&Dの考え方が大事なのではないでしょうか」と述べられました。

竹田さん、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

●竹田珠恵さんプロフィール●

Netflix Director, Creative Production

外資系広告代理店を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて主に消費財・小売・メディアなどのプロジェクトに従事。その後、日本マクドナルドで、マーケティングに携わる。2016年より西友にて、e-コマース事業およびマーケティングを担当した後、2018年には楽天西友ネットスーパーを立ち上げる。楽天を経て、2021年より同社勤務。